我が逃亡と映画の記録

日頃の感情を書き連ねて

ようやく引越し。

次回予告の件

 前回の記事で卒業制作である『海底悲歌』の話を掘り下げていこうと書いたのだが、諸々の字事情で今は控えてほしいとお達しがあり、やむなく断念。いつか知ってもらえる機会があるにはあるが、それはこの媒体ではなさそうだ。かと言って、何も更新しないとなんだかサボっているような感覚に陥ったので、しばし近況報告が続く。

 

引越し

 ついに引っ越しのカタがついた。2020年11月20日現在、ようやく日常が始まったと言う感覚。仲間と3人暮らしの共同生活。住んでみると、ここはオアシスかというほどに充実している。引っ越して数日、家具を組み立て、住民票を移し、それから諸々のルールを決めた。各々が思い思いに過ごす中、私の部屋にはベッドだけが置かれている。寝る以外の時間を、できる限り映画に費やしたいという、ささやかな覚悟の結果だったのだが、仲間二人は私の部屋を見るなり「ドヤ街の簡易宿泊所だ」と揶揄してきた。

これは作業部屋の様子。

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 引っ越して三日目の夕方、J太郎が遊びにやってきた。当然、引っ越し準備の手伝いに来てくれたわけだが、思いの外早く進んだおかげで、何もすることがなくなった。J太郎は来るなり、目を輝かせて家を物色していたが、何もすることがないとはつまり、そう言うことだ。程なくして、次作の打ち合わせが始まる。

 ひとまず少人数体制の一発目と言うこともあり、機材も乏しく人材に欠ける我々は短編映画の企画出しを始めていた。それは数週間前のこと。私を含む3人の仲間でそれぞれ3つ程度持ち寄った。いつもの長編の企画出しは「もう少し粘ろう」と何度も何度も企画出しを進めていたが、短編はそうはならなかった。長編と心持ちが違うのは、短いからこそやってみたい企画を素直にできると言うところだ。すぐに決まった。パッと見でこれかなと一同一致。美術の担当が決まっていたJ太郎も、すぐにコレと言ってきた企画だ。もう少しすると企画書の清書が済み、初稿を書き始めていく段階。

 ここで言っても仕方ないかもしれないが、次作の登場人物で保育士と漫画家が出てくる。知り合いにいらっしゃる方は、是非取材をさせていただきたいので連絡を待っています。

 

打ち合わせの話

 とまあ、少し脱線してしまったが、始めようかと言う掛け声もなく自然と始まった打ち合わせ。さっきまでジャンプの新連載の話や打ち切り予想で盛り上がっていた一同が、特段号令なく映画の話題にシフトするのは心地よかった。日常に映画が溶け込んでいる何よりの証拠ではないか。まずは、企画の根本である部分のラストのイメージの共有と撮影時期や制作体制を話し込む。問題点を洗い出し、どんどん企画が見えてくる。他の方々の映画の始動体制を私はよく知らない。我々の始動には全く明確なものはない。「こんな感じの人間がいい。こんなことを起こしたい。ラストがこうなる」くらいのログラインにも満たない思いつきから進む。例えば、前作の時の始動では、「女教師の話をしてみたい」「寂れた銭湯とかいいよね」などと、思いつきから進んで行った。そうして、シナハンに出かけ、寂れた銭湯を紹介してもらい、そのついでに全く関連のない近辺を散策した。そこで見つけたヤマハ音楽教室の廃ビルにスタッフの多くが食いつき、「潰れた音楽教室の廃墟で、今もピアノを弾き続ける男」という思いつきが、「男と女教師の再会」という思いつきとつながった。

 テキトーと言えば、そこまでなのだろうが、私はこの作り方が楽しい。思い返せば、銭湯の思いつきはまさにマクガフィン。馬鹿馬鹿しいが、映画を作るのに、マクガフィンがないなんて楽しくないじゃないかとさえ思う。

 じゃあまた初稿見せて、とJ太郎を送る道中、こんな話になる。

 

帰りの車内

 「『お兄ちゃん』(私が大学2年の時に撮ったフィルムの短編)は、見てて、これは現場死ぬほど楽しかったんやろうなって思った」

とJ太郎。確かに死ぬほど楽しかった。

 人の金でフィルムを使えた上に、題材そのものがただただ乱闘をするだけのお話だったので、それはそれは思いつきの嵐で撮影が進んだ。卵を投げようか、噴水に突き落としてしまおう、乱闘のラストはグローブを着けて、人でリングを作ってボクシングをさせようなどと。あの時、私たちの暴走を止めようと躍起になっていた教授陣は現場に来るたびに、「一体何をしているんだ」「なんで台本を持っていないんだ」と怒っていた。「わからないなら口を出すな」と豪語し、「これはリュミエールだ」などと思い返すだけで赤面ものの発言さえしていた。ただただ映画を撮ると言う行為に喜びを見出していた。そんな姿に「もっとやれ」と発破をかける教授もいたような。思い返せば、それ以来、本番中に笑っていない気がする。脚本を持たずに現場に臨んだのも、それ以来ない。

 きっと気楽さとは異なる感情だった。暑い夏の日に、台風による撮影中止や、時間的制約、フィルムの制約、そういうものはあったのだから、全く気楽ではなかった。ただ、楽しんでいたのだ。無論、カナリヤや海底悲歌が楽しくなかったわけではない。ただ何かが違った。それは一体なんなのだろうか。

 

最近始めたこと。

 引っ越してから始めた事がいくつかある。一つは引っ越し準備の際に数年ぶりに発見したiPadを活用しようと始めた電子書籍での読書。これは楽しい。私は元来、たいして読書をしてこなかった人間だが、一時期、高校時代だろうか、明治文学を貪るように読んだ時期がある。その時分の読破した本が懐かしのiPadにまだ残っていた。漱石を久しぶりに読み返すと、面白い面白い。そのまま、最近の芥川賞のセールをしていたので、何冊か購入。ほとんど明治文学しか読んだ事がなかったので、何を読んでも新鮮に感じられて楽しい。今は、お顔で惹かれてしまった川上未映子の作品とオードリー若林のエッセイを読み進めている。後者は最高だ。社会人なんたらというタイトルなのだが、本当に笑える。

 

 二つ目は、これは今日から始めた事なのだが、模写である。私は本当に絵を書く事が苦手で、一度は絵コンテなるものに挑戦した事があるものの、「これじゃがいも?」とキャメラマンに聞かれ、それ以来書かなくなった。それは人だった。「次からは字コンテでいいよ。解読につかれるから」という彼の言葉は私の心を酷く傷つけた。とにかく、絵コンテくらいは書けるようになれば、人に伝えるのも楽になると練習し始めた。もちろん、最終目標はオリジナルの漫画を書くことに決まっている。ずっと絵を描ける人間コンプレックスを抱いてきたので、そんな人間たちの絵を、模写ながら少し再現できるのは、得も言えぬ快感がある。非常に楽しい。とはいえ、最初はお気に入りの成人漫画を模写した結果、目が難し過ぎて挫折の一途を辿っているが...

 

 三つ目は、小説執筆である。ライフワークとも言える、とあるテーマを高校時代から追っている。それはドキュメンタリーとして昨年撮影したりもしたのだが、どうも映像には向かない感覚があり、撮影しなくなった。しかし、膨大な取材の山を自分の中だけに留めておくわけにはいかないという、謎の使命感から、少しずつ取材の成果を文章に認める行為を始めていた。それを読んだ人間から、「小説として書いてみてはどうか」と勧められたことから書き始めた。誰に見せたい、ゆくゆくは出版を、などとは微塵も思わないのだが、趣味として書く分には、ストレス発散と「この取材は無駄ではない」と少なからず実感できることから、いい精神安定剤になっている気がする。

 

終わり

 環境の変化とは恐ろしいもので、初期衝動を思う存分利用した結果、寝不足に陥る始末。そろそろ、今回は終わろうかと思う。このブログ自体は、奴隷日記の事実を誰かに共有したいという感情から生まれたものであって、ここに来る方々は、あのようなコンテンツを期待して、まだきてくれているようだ。私の日常にはなんら興味の無い方が大半だろうが、しばらくはこんな風にまったり進むだろう。ブログとは本来こういうものなのだろうが。

 

 

久々の更新

久々の更新となる。奴隷日記を終えて以降、ブログを書く意味がなくなった感覚があったものの、まだ見てくれる人がいるらしく。そんなものはどうでもいいが、更新を再開する。

 

卒業制作の現状

拙作『海底悲歌』がこの夏無事クランクインした。そして無事アップした。いや、無事とは言えないかもしれない。

今回の現場では色々なことが起こった。思い出したくもない確執があった。離れそうになった人も、離れてしまった人もいた。おそらくもう二度と映画を作らないんだろうなと思う人も多くいた。監督としての責任を痛感する。それでも何とかクランクアップした。20人で連日連夜、10日間の撮影が終わった。暑い夏だった。もう二度としたくないけれど、思い返せばすごく楽しかった。

 

現状は鋭意編集中。もうすぐピクチャーロックという段階である。  

 

誕生日のお話。

こないだ誕生日だった。23歳になった。周りはみんな新卒大変だって。連絡をくれた一人がこんなことを言った。

友「新潟に赴任しててさ、近くに行ってみたい古い映画館がある」

私「行けばええやん」

友「うーん、まだ行かんかな」

私「なんで?」

友「あそこで見る最初の映画がドウモトのやつやったら、すげえ幸せやから」

 

こんなこと、無邪気に言いやがんの。そんな簡単じゃねえよ、なんて4年前の私は言わなかった癖に。監督向いてねえのかねなんて愚痴溢して。

「色々あるんだろうけど、早く劇場で見たい」

その一言にどれだけ救われるんだろうか。MOROHAってこんな気持ちでラップしてんのかな。

 

最近とあるプロデューサーの卵と出会う。脚本家でもある。一つ企画を頂いた。すごく面白くて、魅力的で、しかし私にはそれを撮る問題を感じ、断った。簡単にいうと、今の自分の環境下では撮影が困難というだけの問題。企画自体はこういうのやりてえのよ!という心震わせられるものだった。彼と話している時は、本当に楽しい。心の底から映画を愛しているのが分かるから。私の夢を話し、いつか某国での撮影が叶う時、彼の企画を洗練させて撮影に臨んでみたいと感じている。キットイツカ、なんてのは、ただの口約束でしかないけれど、それを信頼するのが、この世界なんだろう。信じて待っていて欲しいとお願いした。

 

それから世話になってる某キャメラマンとじっくりお話しした。今後の自分の進退と目的、彼の今後の展望を話し込んだ。そして、「血反吐を吐く気概で当分は映画だけに集中したい」と話すと、「ならやってみろ、ダメだった時は世話してやるから」とありがたいお言葉。「俺はテキトーにやれますから、一緒にやる撮影の仲間の面倒をみてあげて欲しい」と返した。その方とは上下でなく対等な関係になりたいと私は感じている。いつか自分の映画でキャメラマンをしてもうらう、そのスタンスを続けるための返答だった。彼は「まぁでも、本当に血反吐吐くくらいやってダメなはずないんだよな」と酒を飲み始めた。その言葉だけで向こう5年は何も怖くないと感じた。

 

カナザワ映画祭のこと

私の前作『濡れたカナリヤたち』が、無事カナザワ映画祭での上映が発表された。私にとっては、映画祭とはいささか懐疑的なシステムで、これまでどこにも応募はしていなかったのだが、スタッフが「それでも一回だけでいいから出してくれないか?」と言うものだから、ちょうどその時期に募集していたこの映画祭に応募した。今後、私の作品が映画祭でかかるか疑問だが、せっかくの機会だしみてもらいたいなと思う。おそらくカナリヤはこの先、見られる機会が乏しい。このご時世、オンライン上映という形になってしまったのは残念だが。

予告編

https://t.co/SWzflq1WLq?amp=1

 

これからのこと

私はこの三月、ついに社会に放たれる。もう少しモラトリアムの期間が欲しかったものだが、働かなくてはならない。憂鬱極まりない。ひとまず『海底悲歌』の完成とその先のお話がチラホラ出ている。そこを進めつつ、次作を本格的に考え始めている。現段階では企画が決まり、取材を進めていこうかと言った段階である。これまでの路線とは少し毛色の異なるものが出来上がりつつある。具体的には、ピンクではないということ。また、自分の体験に基づかないということ。

兼ねてより、信頼できる少人数のスタッフ編成で映画を作りたいと感じていた。映画に20人も30人もいらない。現状、特に録音部と衣裳部の目処が立っていない。また、少人数編成とはいえ、色々と人手は足りない。企画を見てみたい、関わりたいという、奇特な方がいれば是非連絡を。また、カナリヤや海底悲歌で懲り懲りしているスタッフも、また手伝っていただけるなら連絡をいただきたい。よろしくお願いします。

 

最近の話

つい先日、これからの住処を契約した。全く、生きるだけでどれだけ金がかかるのかと憂鬱な反面、なかなか良い一軒家を見つけた。4LDKのフルリフォーム済み。お家賃たったの5万円。どう考えても事故物件ではないか。素晴らしい。12月からここで映画を始める。一階部分は、作業スペースとして使う予定。生きることと映画を作ることが同義になる未来。仲間と日夜映画を話し合う映画漬けの日々。私がずっと求めた居場所である。1階の作業スペースは、知り合いであれば自由に使ってもらって構わないので、大学や自宅では集中しにくいという方は、是非に。特に脚本段階では、集中することが難しかったりするので。ご飯くらいは出します。

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12月入居予定の新居

 

森崎東の話。最近の上映会の話。

森崎東が死んだ

なんとなく理解はしていた。きっともう新作は出てこない。「ペコロスの母に会いにいく」を見た時、そんな話をしたことを思い出す。

本当に出てこなくなった。ペコロスの舞台挨拶を見ても、到底映画はもうできないと分かっていた。それでも5分でいいから、新作が見たい監督だった。あれほど市井の人々に向き合った監督はいるのだろうか。松竹の彼の扱いは許されていいものなのだろうか。一時期の社会派路線は、必要に駆られただけなんだろうか。もう今となっては、どうでもいいことかもしれない。

映画は消えねえ、フィルムイズフォーエヴァーだ!なんて強がってはみたものの・・・いつでも銀幕で会えるじゃないかと言ってはみたものの・・・彼の作品が劇場でかかることなんて、今後の追悼上映以降ほとんどないじゃないか。DVDで見られはしても、新作はこの先、一生出てこない。

森崎東が死んだ。それは私にとっては、ある時代のある記憶が失われたような感覚だ。最新作の話をしよう。どこのレンタルビデオにも置いてある。

 

ペコロスの母に会いにいく」

認知症のお母さんとその息子のお話だ。介護のお話。ありふれたお話。

それだけのお話だ。

あの作品は何のことのない、物語に全く関係のないシーンで埋め尽くされている。きっと物語を追うだけなら、45分くらいあれば済むお話。因果の鎖に結ばれた、そんなシーンをほとんど撮らない。後から、後から、あの意味のないように感じる数々が、波のように感情を引き連れてやってくる。物語を最初から読んでいけば「ここはいらない」「あそこはなんでだ」なんて、小言を抜かす人間もいるのだろうけれど、出来上がった作品を見ると、そんな馬鹿者一人として現れない。全てが後から、後から。

ある偉い映画評論家が言うには、映画はモーションがエモーションを引き連れるそうだ。そのモーションを撮れる、稀有な、本当に稀有な人間が、森崎東だ。

介護のお話なんて、見る前からお涙頂戴物だとわかる。私自身、この作品では嗚咽を漏らしながら泣いた。だがその涙は、泣くべくして流れる涙ではないのだ。鳥肌を伴って突然押し寄せる「涙」と言えばわかるだろうか。あの祭りではぐれるのは、眼鏡橋に辿り着くためで、それはきっとあそこで再会させるためなんだ。「記憶は愛である」って話す森崎東のその全てが集約されたシーンだ。

見て欲しい。見れば分かる。少なくとも私の身近な人間には見て欲しい。

youtu.be

 

全く、どうして逝っちまうかな。

 

 

生きてるうちが花なのよ、死んだらそれまでよ。

 

 

合掌。

 

最近の上映会の話

製作日誌で書いた美打ちが終わったその日、私は、スタッフ一同に向けて「映画リスト」なるものを配布した。それは必要に駆られてのことだった。

「最近の学生は映画を見ない」これは都市伝説ではない。ましてや、我々の作品では性を描く。どういうものか、よく知らずに現場に臨まれると溜まったものじゃない。現に、昨年の撮影では、裸の女性を初めて見た学生が、興奮のあまり、スマホカメラを回そうとする嘘のようなホントの話があった。そういうことがないようにするためにも、映画を見てもらわないといけない。これは、担当教員からも、希望があった。

最近の若者は、AVで裸を見る機会はあっても、生身の人間となると、極端にその性体験は特定の人間に絞られる。こと芸大生などという、外界から遮断された、4年間を映画に捧げる人間には、童貞・処女の確率は、他大学と一線を画すだろう。

まずはそういう行為に慣れて欲しい。その上で、先人はそういう映画をどう撮ってきたのか、自分ならどうするか、そういう点を考えながら、映画を見て欲しいと話した。必要とあらば、上映会を行うと話し、私や担当教員の保有するディスクや配信サイトを利用できるようにした。

 

その中の曽根中生監督「色情姉妹」という作品を、演出部のミムラと撮影部のウッディ、照明部のナカと上映会をした。

ミムラは映画をあまり見ないTVアニメが大好きな人間なのだが、最近勧めたヒッチコックの「身知らぬ乗客」で、白黒が見れるようになったと話していた。ウッディは小林勇貴教から脱却し、最近は黒沢清とロバートアルドリッチを見ている。ナカは、ちょくちょくウッディと映画を見ては、私ともレンタルビデオ屋に行き、戦火の馬やブリッジ・オブ・スパイを最近見たところ。それくらいの人たちである。

 

色情姉妹を鑑賞して

話を『色情姉妹』に戻そう。

あの作品を見ている最中、「おぉ〜」「惜しい」「え?あ、おぉ〜!」と会話が飛び交う。一人で見るのではなく、複数で見るとき、よく起こる現象である。こと、ロマンポルノを見ると、時代はピンク小屋に逆戻りになる。

「おぉ〜」というのは決まって目を引くすごいショットのところだ。人が死んだり、襲われたり。「惜しい」というのはセックスシーン。絡みの最中に黒みやぼかしが入ると、我々は口々に話す。続けて「これくらいいいじゃないか」と声が出る。

私が最もニヤけてしまうのは「え?あ、おぉ〜!」である。その時はよくわからない行動や言葉やフレーミングが、次の瞬間その行動に繋がるのだ。例えば、この映画でみかんが机上にある状態でセックスが始まるシーンがある。うちの作品でもみかんが出てくるので、彼らは「あ、みかんだ」なんて声を出す。そうこうしていると、絡みの最中にみかんが転がり、階段を落ちる。このショットで「あ、」と声を漏らす。階段を落ちるみかんのショットから、セックス最中の娘のショットの戻る。が、また次の瞬間、家に帰ってくる母親が、階段のみかんを見つけるのだ。この瞬間、「おぉ〜!」と、一同の声が漏れる。そこから、母親が娘のセックスを目撃するまで、どんどん焦らされ、遂に目撃の瞬間、我々の感情は一気に持ち上がる。これが、「映画はモーションがエモーションを引き連れる」ということだと思うのだ。

きっと彼らは、肌で理解したのだ。

かといって、みかんである理由を明快に言えるだろうか。

私は、製作日誌#1でも書いたのと同様に、「みかんじゃなくてもいい」としか言えない。これを評論の場ではマクガフィンと呼んでいるらしい。

終わった後、ミムラが「飽きなかった」と話した。きっとそれは、みかんのようなマクガフィンが、「見る」ことの喜びを常に与えてくれたからだろう。ナカは、あのシーンのあの照明が〜と、楽しそうにしていた。きっと彼らは、映画を見ないのではなく、知らないのだ。映画の喜びを知った人間は、映画を見ることから逃れらない。もっと彼らと「見る」ことの喜びを体験したいと、素直に感じた。

 

映画リストの欺瞞

実は、上に書いた森崎東の作品は件の映画リストにはない。見ることの喜びを思う存分味わせてくれる監督で、私が尋常じゃない程に影響を実感している監督なのに、リストには書かれていなかった。それは「追悼」のような気持ちで見て欲しくないからだ。だが、見て欲しい気持ちはある。だからここに書いた。「ペコロスの母に会いに行く」ように、私もいつか森崎東の映画に、少しでも追いつきたい。

 

実のところ、森崎東ベスト3は、「夢見通りの人々」「ロケーション」「喜劇 女は男のふるさとヨ」なのだが。

 

スタッフの中には、あのリストを楽しみにしていた方がいたようだが、私の中では、オリヴェイラもいなければ、アンゲロプロスもいない、「馬と女と犬」もなければ、「同窓会」もない、あくまで参考作品リストなのだ。オールタイムベストでもなんでもない代物だ。無論、中にはそういう作品も入れたが、裏映画リストなるものは、必ず存在する。

何度か上映会をしながら、その辺の話を特に演出部とはしていきたい。

 

 

 

『海底悲歌』製作日誌#4

美打ち直前の美術部の姿

順調に準備が進んでいるとはいえ、やはり美打ちのある週は、スタッフ一同、慌てた様子であった。最も苦心していたのは、当然美術部だろう。

特に最終盤のシーン。「廃墟」とだけ書かれた柱、小道具や動線が推測できるト書きはあるものの、全体としてどうするのか、というのが、J太郎には難しかったようだ。

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「お前らはタダで動く奴隷やから」〜最終回〜

突然のクビ宣言!

昨夜の胸糞悪い居酒屋のことは、すっかり忘れているアキさん。いつものように早朝、アキさんとJ太郎を乗せ、現場に直行する。この頃には、駐車場での長時間待機も慣れたもので、アキさんのいない隙にコンビニでジャンプを買ったり、仕込みで買っていた小説を読みながら過ごしていた。悠々自適、明日には帰る。いい気分だった。

昼時になって、J太郎が入ってくる。

J太郎「お疲れ〜!暇やろ〜、飯休憩やって」

飯場に向かった。J太郎は周りのスタッフに可愛がられていた。「お疲れ様〜」「今日は殴られてへんか?」と冗談まじりに話され、他部署のチーフとも仲良く話していた。愛されキャラという感じで、場を和ませる存在のように見えた。私は現場にいない人間なので、周りは「誰こいつ?」といった顔をしていたが、後からアキさんが、「ドウ、買い出しまた出てきたわ、すまん」と話しかけたので、「あぁ美術部か」と理解していた。

飯を終え、車でJ太郎と一服していると、飯終わりのアキさんも乗り込んでくる。

アキさん「いやぁ!明日は休日だ!!」

私「やっと休みですね」

アキさん「昨日言った通り、大阪いったん帰って、ゆっくり休憩や」

私「やっとアキさんから解放されますわ!」

アキさん「何やそれ!とりあえず3回はシコシコタイムやな」

私「でもほんまに大阪帰って大丈夫なんですか」

アキさん「もう急ぎの仕事はないしな。全部忘れてゆっくり休もうや!」

J太郎「やった〜!」

この瞬間は非常に和気藹々とした雰囲気だった。愛知に来て3週間弱、自慰さえろくにできない環境だったので、アキさんもJ太郎も大阪に戻る1日を待ち望んでいた雰囲気だった。が、J太郎の「やった〜!」で空気が一変する。

アキさん「お前は残れ!」

J太郎「え?」

アキさん「お前は愛知に残って、残りの仕事こなしとけ!大阪には俺とドウだけで帰る」

J太郎「残りの仕事って何ですか?」

アキさん「それは今から考える」

どう考えても、特に急ぎの仕事はなかった。あるとすれば、撮影最終日近くに予定されている火葬シーンでの骨の作成くらい。それもほぼ完了していた。

J太郎「骨も、もう終わりますし」

アキさん「うるさいなぁ!そんなに帰りたいんか」

J太郎「みんな帰るなら、俺も」

この時点では、私もJ太郎もアキさんの冗談だと思っていた。「そんなに帰りたいんか?」と話しかけるアキさんも、半分笑っていたので。ただ、冗談ではなかったようだ。

アキさん「そんなに帰りたいんなら、帰れや。勝手にせえ。もう今日も現場入るな。駐車場で待機しとけ。明日からは2人で動く」

J太郎「???」

アキさん「お前はクビや。もう今から電車で帰ってもええぞ」

と言い残し、現場に戻っていった。

J太郎はパニックである。和気藹々とした空気から、まさかクビ宣言が発出されるとは、想像もつかなかったろう。私は思い出す。〜産学現場編〜のアキさんの発言を。

アキさん「あいつは続けてさえいれば、この業界生きていけると思ってる。だからどっかでクビにして、その考えを変えやなあかんと思ってるんや(中略)続けたいのにできひんって事の恐ろしさを教えたるんや」

 

アキさん去りし車内でのJ太郎

おそらくアキさんは、J太郎が少しして現場に戻り、謝りにくることを想定していたのだろう。私からすると、〜クランクイン前日譚〜での「人生で一度だけ飛んだ現場の話」の真似事をしたかったのでは、と推測してしまう。

canary-elegy.hatenadiary.jp

 ただ、当のJ太郎は嬉しそうだった。アキさんが去った瞬間、煙草を吸っては。

J太郎「もうええわ!俺ホンマに帰るで」

私「ホンマにええんか?」

J太郎「現場は最後までおりたいけど、でも、縁切るなら丁度ええやん」

私「J太郎がええならええけど」

J太郎「付き合いきれんって。昨日の飲み屋も意味わからんかったし、金もなければ、クビにもなるって、マジで奴隷やん。もう十分やったやろ俺も」

私「俺もやめるで」

と、自分も辞める話を、このタイミングでJ太郎に伝える。ニヤニヤ笑っては続けるJ太郎。

J太郎「ドウモト君も辞めたら、もうお終いやな。この作品、大丈夫かな」

私「迷惑はかけるわけにはいかんしな」

J太郎「うん」

私「俺は辞めずに続けようかな。地獄やけど」

J太郎「うーん・・・俺、どうすればええんや・・・今すぐ電車で帰りたいんやけど・・・でもなぁ・・・」

J太郎は苦しんだ。自分は辞めたら幸せで、もう今までの理不尽な暴力や暴言から解放される。でも、現場を飛ぶというのは、簡単ではない。全員で作り上げる映画に、自分のせいで迷惑をかけるのは嫌だ。ましてや、ただでさえミスを連発し、他部署に迷惑をかけ続けているアキさんが、足も失い、使いっ走りのJ太郎を失えば、作品の根幹に関わるのは目に見えていた。それなら、せめて自分が残るべきか、どうか・・・と自問自答を始めた。心優しいのだ。こうなっても尚、他人のことを考えていた。

この瞬間、電車で帰らしてあげた方が良かったのかもしれないと、今後悔している。

 

日は暮れ始め、J太郎はずっと悩み続ける

私は、J太郎に長々と話した。今までのアキさんを振り返り、どれだけ酷かったかを話した。自分がJ太郎なら、映画を辞めているかもしれないとも話した。仮に帰ったとしても、誰にもJ太郎を悪くは言わせないと話した。周りの事なんかどうでもいいから、自分だけを考えて、選択してほしいとも話した。長い長い話だったと思う。私は泣きそうな気持ちだった。

ここで辞めてほしい、そう願った。だが、心根優しいJ太郎は、「やっぱり現場戻るわ」という選択をする。とりあえず謝ってみる、と。車を出ようとするJ太郎。だが、ドアにかけた手が動かない。J太郎は自分の行動に吹き出して笑っていた。「あれ?動かんな〜」と笑いながら手を見ていた。その手は震えていた。ドアを開けるなと、彼の脳が言っていたのだ。また殴られる、戻ればどうなるか目に見えている。本当は今すぐ帰りたい、でも帰ると迷惑になる、現場に戻らないと。そういうJ太郎の感情が、目に見えた。俯く彼の髪からは白髪が見えた。目を逸らした。見てないフリをした。時間にして、1時間弱、J太郎はドアのそばでずっと悩んだ。何度も煙草を吸ってら、ふーっと深呼吸し「戻らな・・・」とドアに手をかける。だがやはり開けられない。「行きたくない・・・」と、かけた手を離す。「もう一本吸ってから」と煙草を吸う。この連続だった。彼の心に、どれだけアキさんが影響しているのか。私は辛かった。「行かなくていい」と言いたかった。でもそれを口にすると、優しいJ太郎は「ありがとう、行ってくる」と決心を固めそうで怖かった。煙草を切らしたJ太郎に、とにかく私は自分の煙草を一箱渡した。何本でも吸っていいから行くなという思いだった。あの一箱の煙草には、それを吸い切る時間分の私の願いがこもっていた。「行くな」という私の祈るような願いだった。

だが、願いは虚しく、J太郎は1本吸い終えて、深呼吸。「このまま何本もタバコ貰うのは申し訳ないよ」と私に話し、「行ってきます」と外に出た。後ろ姿が小さく見えた。先の未来を考えて、真っ直ぐさえ歩けていなかった。俯きながら、まだ苦しむ様子が分かった。ジグザグに歩くJ太郎の姿は、「行きたくない」という想念の現れに感じた。

 

J太郎去りし車内の私

後悔した。J太郎が謝っても、アキさんが許さないことを願った。

あたりは真っ暗になり、次第に冷気が襲ってきた。寒かった。J太郎の姿を、サイドミラーからじっと見つめていた。境内の外に歩くまで5分かかった。わずか30mほどの距離を5分かけて歩いたのだ。その彼の心情を察するに、身が引き裂かれる気持ちになる。決心したのか、駆け足で現場に向かい始めた。姿が見えなくなった。途端に不安になって、私は車を降り、現場を覗きに行った。J太郎は、アキさんを探していた。その必死な姿を見て、私はようやく決意できた。たとえアキさんが許したとしても、J太郎を今日連れて帰る、と。あんな状態の人間をそのままにしてはいけない。カナリヤ以降何ヶ月も殴られ、罵られ続け、学内では「アキさんの弟子」として勝手に扱われ、殴られる姿を見られても皆が笑って過ごしていた。その上、愛知に来ても親や恋人まで罵られ、金ももらえず、睡眠さえろくに取れない。クビにされて嬉しい筈なのに、謝ることなど、一つもない筈なのに、それでも、謝りに行かないといけない、と決断してしまう。そんな状態、絶対におかしい。もはや洗脳だ。車内に戻ると、J太郎が吸い残したシケモクが何本もあった。見るたびに、彼の不在を許した私に怒りが込み上げた。

 

少ししてドアが開いた。

 

J太郎「やっぱりいいや。謝ることなんかないよ俺」

と入ってきた。心底嬉しかった。アキさんは、J太郎を見て、シッシッとジェスチャーしたらしい。「じゃあもうええよ、辞めちまおうや」と話した。だが、迷惑をかけるわけには行かないとJ太郎は、まだ気にしていた。それなら自分が残るよと伝えた。J太郎は、「それじゃドウモト君に申し訳ない」と更に悩んだ。「あいつが悪いんや」と私は告げた。もうどうでもいいから二人で帰ろうと話が終わった。J太郎は安堵していた。「今まで大変やった・・・」と振り返り始めた。世話になったこともあるので、名残惜しさもあったろう。少しすると、「本当に縁切っていいんかな、卒業制作でも迷惑かかるし」とまた悩み始めた。時間が経つごとに決心が揺らいでいた。私は「スタジオ使わんでも映画は撮れる」と説得した。卒業制作の話をして、また、アキさんの酷い言動を振り返って、決心が揺らがないようにした。アキさんと縁を切る事で、学内のスタジオが使えず、ロケセットでの撮影になると、交通費や美術費が嵩むことが予測できた。だが、J太郎の事を考えると全くどうでもいい出費だった。今回のこの話を聞いて、納得できないスタッフがあるなら、そんな奴とは映画をしたくないと話した。

そんな折、ナガサワさんが車に遊びに来る。彼もアキさんから不遇な扱いを受け、現場近くをうろちょろしていたらしい。

J太郎「僕、明日やめます」

ナガサワ「え?辞めるの?どういうこと?」

J太郎「クビになって。もう付き合いきれないので辞めます」

ナガサワ「なんだよそれ。辞めていいよ、当たり前だよ。でも寂しくなるなぁ。住所渡すからDVD送ってよ。卒業制作も手伝いたいし、台本も送って。美術貸してやるから」

と話してくれた。J太郎と私は、ナガサワさんの力があるなら、卒業制作も何とかなると嬉しかった。

 

すっかり夜になって・・・

夕食休憩の時間がきた。J太郎にアキさんからラインが入る。「飯食え」とだけ。J太郎は、もう顔を合わせたくないと車を降りて、鉢合わせないようにしていた。私だけで向かうと、アキさんは察したように不機嫌に無言で飯を食い始めた。いつもは箸もお茶も弁当のゴミもJ太郎が運んだが、J太郎がいないと、不便そうに一人で片付けをしていた。

アキさんと車に戻ると、コンビニに向かうよう指示される。終始不機嫌なアキさんだったが、「アイツもわかったやろ、現場に行きたくても行かれへん怖さが」と話していた。きっとそろそろ謝ってくると思っていたのだろうが。

夕食休憩が終わり、現場にアキさんを戻らせてからも、我々の決意は変わらなかった。むしろ、どう辞める事を伝えようかシミュレーションしていた。宿坊についてからよりも、私がその場にいる車内の方が暴力や暴言は多少緩くなるのでは、と決めた。

夕食から現場が終わるまで、6時間経った。車はどんどん寒くなった。「こんなん毎日、ドウモト君は耐えてたんやな」とJ太郎が話した。「それと同じようなこと、お前にもずっと感じてるよ」と返した。「映画がこんなんやったら、プロがこんなんやったら、やりたくないなぁ」と彼は話した。きっとこういう風に辞めていった人間が、五万といるのだろう。そして「映画はこういうもの、プロはこういうもの」と続けられた人間が、今、こうして同じ事をしているんだろう。負の連鎖とはこの事だ。

 

現場が終わり、24:00前頃、アキさんが車内に戻ってくる。緊張の面持ちのJ太郎。アキさんは「宿坊」とだけ呟いた。私はゆっくり発進させる。アキさんは、ずっと車の外を見つめていた。バックミラー越しのJ太郎は、いつ話そうかソワソワしていた。私はできる限りゆっくり車を進めた。迂回しては、J太郎の勇気を待った。何度か試みる動きを見せたが、結局言い出せなかった。アキさんもJ太郎の様子に気づいていただろう。車内は異様なほどに空気が重く、現場から宿坊までの20分、ずっと無言で進んだ。

結局宿坊に着いてしまう。車が停車すると、アキさんは駆け足で部屋へ入っていった。すぐに姿が見えなくなった。

J太郎「なんも言えんかったわ」

私「怖かったんか?」

J太郎「(首を振って)今までの感謝とか、殴られた思い出とか、そういうのをバババって込み上げて来て。俺やっと解放されるんかって思ってたら、もう着いてたわ」

私「無理に、辞めますって言わんでもええよ」

J太郎「俺、言うよ。絶対」

そう話すJ太郎の目は強い眼差しだった。世話になったし、楽しい記憶もある。殴られたり、罵られた嫌な記憶もある。それを今この瞬間、きっちり清算して終わらせようという、固い決意が見えた。私は、J太郎とアキさんの二人きりの方がいいと考え、あの例の喫煙所で、5分ほど時間をあけた。

 

立ち尽くすJ太郎、闇から飛び出る太い腕

煙草を終え、部屋へ戻る道中、「アキさん、話聞いてください」「何やこら!」と言う声が聞こえた。慌てて部屋に駆けつけた。入ると、J太郎の思いとは裏腹に、普段通りのアキさんの姿があった。何度もJ太郎を払い除け、殴り、それでも「話聞いてください」と食い下がるJ太郎。押し問答のようになっていた。いつもは同じ部屋で眠るアキさんは、襖一枚隔てた隣の部屋で寝支度していた。アキさんはきっと「続けさせてください」と言われると思っていたのだろう。何度も払い除け、J太郎の肩や胸を殴り、押し倒した。「俺は寝るんや!邪魔すんな」「お前みたいなゴミが俺の時間を邪魔するな」と吐き捨て、襖をピシャリと閉めた。ものすごい剣幕で殴られ、罵られていた。

立ち上がったJ太郎は、それでも震える手で、「話があります」と再びゆっくり襖を開けた。彼のあの時の心境を思えば、こみ上げるものがある。開けた襖の奥は、暗闇だった。立ち上がり、襖の近くまでドカドカと迫る足音だけが聞こえた。「俺、明日」と言い出すJ太郎。その瞬間、暗闇から、アキさんの太い腕がJ太郎の喉元に刺さった。「邪魔すんな、殺すぞ!」とグワっとJ太郎を押し除け、再びピシャリと襖は閉められた。

J太郎は、ただただ襖の前で立ち尽くした。その奥にいるアキさんに、伝えたいのに聞いてもらえない、その悔しさが見えた。俯き、顎に手を当て、考え事をしていた。泣いていたのかもしれない。私にはよく見えなかった。私はじっと見つめ続けた。時間にしては数分の出来事だったろう。彼は動く気配がなかった。悔しさと無力さと、腹立たしさと切なさ、全部入り混じったあの部屋の畳の匂いを、私は生涯忘れられないだろう。

最後の最後まで、嫌な奴だと感じた。最後の瞬間くらい、まともに向き合ってあげて欲しかった。こういう時、耐えられないのはいつも私だ。「J太郎、こっちおいで」と呼びつけた。ゆっくり振り返るJ太郎の顔を見ると、本当に映画自体を辞めそうで怖かった。「もうええよ、帰るぞ」と一言だけ呟いた。彼の顔が途端に明るくなった。

きっと、ずっと、誰かがこの言葉を投げかけないといけなかった。もっと早くに出来た事だった。事実、彼はあの瞬間に救われたと、私に話している。こうなるまで言えなかった、私の弱さが、彼をここまで追い詰めてしまったのかもしれない。

 

別れの瞬間は美しく

我々は帰り支度をはじめた。ハイエースに残した荷物を掻っ払い、宿坊から借りた布団を綺麗に畳み、使わせてもらったトイレや風呂を、私なりに綺麗にした。ゴミも全て持ち帰るよう話し合った。最後の最後、畳んだ布団の前にハイエースの鍵と、台本と、預かっていた美術予算、それから置き手紙を置いた。「今までありがとうございました。卒業制作、頑張ります」とJ太郎。私はと言うと、文字だけでも何か言ってやりたくて「アキさんのこと、やっぱり嫌いでした。付き合いきれませんわ。帰ります」と書き置いた。大人なJ太郎に反して、ダサかったなと思うのだが、嫌味の一つでも書かないと気が済まなかった。J太郎は、私の手紙を見て、嬉しそうにしていた。「俺もそうやって書こうかな」と言い出したが、「立つ鳥跡を濁さず」と返した。

宿坊を出る際に一礼し、安息地・喫煙所で一本だけ吸って、寺を後にした。清々しかった。場所や時間など、どうでもよかった。J太郎は、開放的な夜の街で、今にも叫びそうな雰囲気だった。いや、叫んだかもしれない。

 

愛知を出るその瞬間

宿坊を出たタイミングでは、もう電車はなかった。夜行バスもない時間だった。なけなしの財布を確認し、タクシーを呼んだ。ネットカフェで一夜を明かすことにした。これまでのことを思い返し、アキさんと仲の良かったツイマ君に「ごめん、アキさんの現場辞めました」と連絡を入れた。J太郎も送っていたらしい。ついでにハチ子やナカにも、辞めた報告を入れた。シャワーを浴び、寝る前に、ゆっくりビデオを見た。最高だった。3週間弱ぶりのたった一人の時間を満喫した。『綺麗なお姉さんがチ○ポ馬鹿になるまでヌイてくれる種搾りメンズエステ』、これは本当に最高だった。一生忘れられないAVであろう。

朝になって駅に向かう彼は、憑物が取れた顔をしていた。精悍だった。名古屋駅に向かう車窓には、ロケ地やゆかりの場所がそこかしこに見えた。この期間、私はどれだけ運転したのか実感し、少し名残惜しかった。昼行便のバスで大阪まで帰った。3000円が痛かった。大阪に着くと、梅田の騒がしさが嬉しかった。そこからまた、電車を乗り継いで最寄駅についた。J太郎を車で、家まで送る道中、ハイエースと軽四の景色の違いが面白かった。マクドに寄り、馬鹿みたいに食ってから、J太郎と別れた。

その日は泥のように眠った。そして翌日から、卒業制作に向けて我々は動き出した。

 

 

 

「お前らはタダで動く奴隷やから」愛知編、完

 

 

これが私とJ太郎とアキさんの顛末である。長々とお付き合いありがとうございました。少し、日を置いて振り返り、今回の総括と現状の報告を済ませ、完結とします。しばしお待ちください。

「お前らはタダで動く奴隷やから」〜タイトルの発言が遂に訪れる〜

※今回の記事では、差別用語が複数出てきます。ありのままの事実を伝えるためのものです。差別を助長させるためのものではありません。読んで不快になる方も、存在するかと存じますが、ご承知の上でお読みくださいますと幸いです。
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