我が逃亡と映画の記録

日頃の感情を書き連ねて

「お前らはタダで動く奴隷やから」〜愛知、嘘に塗れた地獄の車内〜

いざ愛知到着!

愛知への道中、美術準備の大まかなスケジュールやクランクインの時期のお話を受け、ようやく私とJ太郎は、作品の全貌を理解し始める。が、そこで出た宿泊場所問題が今後大きな問題を孕むことになる。

当初の説明では、急遽私の参加が決まったこともあり、ホテルが取れないので最初の数日間は寺の宿坊での寝泊まりとの説明を受けていたのだが、いざ到着し、あちらのプロデューサーと制作部チーフのマキさんに会うと、どうも様子がおかしい。どういうわけか、クランク・インまではひとまずここでという話をしている。向こうサイドでは、ずっと宿坊でという話だったようで、つまり、アキさんは私たちに虚偽の説明をしていた。しかもその宿坊、40畳一間の部屋で、つまり起きてから作業をし、寝るまで常にプライベートがないことになる。

その話をあまり聞かせたくないのか、我々は持ってきた美術品を車から下ろしてこいと命令され、その場を去らされる。

作業の合間、「ずっとここ?」と困惑の私に「オナニーできひんな」と笑うJ太郎。我々若者にとっては、辛い作業の後の発射にこそ幸福を見出すのだが、それも難しそうだ。その時は、その程度の冗談で済ませていた。

 

周辺の散策、嘘だらけの初日

出発の折、愛知ではアキさんの古くからの弟子たちとナガサワさんという愛知の活動屋(元劇団維新派)と私たちで作業を進めると聞いていたが、結局そんなものは出鱈目だった。いるはずの弟子たちは誰もがアキさんからの電話を断り、運転手さえ見つかっていなかった。ナガサワさんもアキさん自身が”アイツ苦手や”と協力を拒み、結局我々3人だけの美術部である。

上同士の打ち合わせが済み、我々は休息なしに周辺の散策に移る。余談だが、私は、映画作りの上での長時間の拘束には、やや仕方のないものを感じているが、それには定期的な休息が必ず必要だと思っている。

その日は8:00より積み込みを始め、大阪を発ったのは11:00頃のこと。そのまま愛知まで運転し、積み下ろしたのが15:00頃のこと。この間、車内では喫煙を許されたものの、ロクな休息はない。朝食は運転中に済ませたものの、昼食休憩もない。もちろん助手席のアキさんは睡眠をし、到着後は打ち合わせや宿坊の挨拶で茶まで飲んでいる。我々は座る事もままならず、座れたとしても勿論正座であった。ここまではまだよかった。

ナガサワさんが「学生も疲れたろうし、近場で飯でも」と提案をするも、「今日はちょっと周辺の店を洗って、17:00くらいにはお開きなんで」と断るアキさん。それっぽいことを言ってはいるが、その実、ナガサワさんが苦手なだけなのが、彼の人間が出ている。

周辺の散策と聞いていたので、軽く車を回して買い出しに必要な店の把握をするのだとばかり思っていたが、15:00に出発した散策は22:00まで及ぶことになる。結局、愛知全域を縦横無尽に走らされ、段取り下手のアキさんのナビゲーションのおかげで、行ったり来たりさせられることに。その間、飲まず食わずで運転を続けた私は、もはや疲労困憊である。「次は休憩」といいながら、結局運転は続く。彼は運転を休憩だと思っていたのだろうか?ましてや免許を持たないアキさんと、ペーパードライバーのJ太郎のおかげで、私はこの日10時間に及ぶ運転と、走行距離500kmを記録する。もう一度言うが、こういう長時間の拘束は多少仕方ないものだと理解している。それでも飲まず食わずの休息なしはきつかった。

ただ、格安で家具が手に入るチェーン店を見つける大きな収穫があった。「映画を作る準備が順調に進んでいる」そういう気持ちが疲労を癒してくれる。その日は流石に疲れたのか、アキさんも帰りの道中でずっと寝ていた。余談だが、アキさんは「俺のポリシーとして、助手席に乗ったら絶対寝ない」と言っていたが、ずっと寝ていた。うとうとした姿を可愛く思えた最後の瞬間だった。

 

疲れを癒す世界の山ちゃん

私は夜の渋滞に苛立ち、貧乏揺すりをしてしまった。疲労に加え、睡魔に襲われた私は、貧乏揺すりをしてしまったのだ。目を覚ましたアキさんは「それ、次したら殺すぞ」と私に言い放ち、再び寝に入る。少し偏屈で性格の悪い私は、再び貧乏揺すりを始める。やはり起きるアキさん。睨み返す私。戸惑ったアキさんは、「ドウ、悪かったって」となだめる。私が怒るのは当然だ。なぜずっと休息なしで運転する者が、貧乏揺すりひとつで、ずっと寝ていた貴様に殺されなくてはならないのか。怒りが溜まっていた私は、「愛知で上手い飲み屋連れって下さいよ」と半ば強引に飲み屋に向かわせる。

到着したのは三河安城世界の山ちゃん。浴びるほど飲んでやろうと勇み足で向かう。宿坊からほど近いこの居酒屋に、私は15日間の滞在で計8回行くことになる。我々から行こうと言ったのはこの日だけのことで、それ以外は全てアキさんからの命令である。

飲み屋のアキさんは本当にいい人なのだ。何でも食わせてくれるし、酒もたらふく飲ませてくれる。下戸のJ太郎は、決まってはじめに丼を頼み、酒を強要される事はない。1日の疲れが吹き飛ぶ最高の瞬間だった。あの日のビールと手羽先の記憶だけで、今でも酒が飲める。「明日からの飯とかも一応制作部から700円って聞いてるけど、気にせんと何でも食えよ」と話される。この文言は覚えていて欲しい。のちに、大問題となる。

結局、解散は2:00に及ぶ。帰りの道すがら、飲み過ぎたアキさんは朧げに明日は7:30と言い残し、足早に宿坊へ入っていく。

 

地獄の宿坊、汚れた身体

当然、宿坊には住職をはじめ、寺の人間が住んでいる。2:00に戻ってきた私たちを良くは思わない。後日、クレームが入る。もっと早く帰ってこい、風呂は夜に極力入るな、等々。その日以降、戻ってくるたび抜き足差し足の泥棒のように40畳一間の部屋へ向かって行く我々は、非常に惨めだっただろう。結局、その日は風呂にも入れず寝ることになる。そして翌朝、風呂に入る。檜風呂だ。いい匂いがした。ただ、アキさんに「あとでカビとか問題にされるの嫌やからシャワーだけで入れ」と命令されていた。住職が気を遣って入れてくれた満杯のお湯を、ひもじく見つめるのが私の日課になった。時期は3月。まだ肌寒い朝に、我々は震えながら入ったことを記憶している。ちなみにアキさんはここから3日間風呂に入らなかった。

勿論、畳だけの衝立もない部屋であった。アキさん、J太郎、私は5mずつ離れ布団を敷いたのだが、やはり気を遣った。トイレに立つたび、また、夜のスマホの明かりさえ鬱陶しがられる。その上、風呂にも入らず、着替えもせず寝に入るアキさんは、ものの3分もあれば寝てしまう。会話もままならない私とJ太郎は、寝る直前まで宿坊の外の喫煙所で時間を潰すことになる。

芯に迫る寒さの中、J太郎と私は、毎日晩酌をした。アキさんの愚痴を溢しては、恋人に電話をし、夜食にカップヌードルを喰らいながら、卒業制作の話を進める。あの時間は、我々の精神上、必要なものだった。結局初日は、そんなこんなでJ太郎は3:00頃に寝る。私は、卒業制作の多くの準備をを後輩に任せたものの、台本だけは任せられず、4:30頃、寝落ちすることになる。

 

迎える2日目、怒涛の運転地獄は続く

早朝、とにかくロケ地を見なくては話にならないと、ようやく下見にむかう。普通のアパート。ここで映画が生まれるのかと拍子抜けした。まだ何もないがらんどうのアパートを見て、先の作業に不安が走る。次のロケ地は埃の被った木造の平家。まずは掃除からだなと言われ、見渡した部屋は廃墟そのもの。再び先の作業に人手不足の深刻さを感じる。この二つのロケ地に美術を仕込む、一体どうなるんだという期待感で、J太郎は嬉しそうだった。

この後、昼食を済ませた我々は、名古屋市内のナガサワさんの美術倉庫へ赴く。ここで多くの美術を拝借し、「まだまだ倉庫あるよ」という金言に、アキさんは”ナガサワ大明神”の相手は任せたと、J太郎を差し出す。この日は以降、私とアキさんの二人きりになる。

「キンブル」という初日に見つけた格安家具店を回っていくのだが、これが厳しかった。この店は愛知に4店舗構えており、2日目は全て見に回ることになる。初日でも2店舗回ったのだが、改めて見たいそうだ。上はほとんど岐阜のあたりから、愛知の南部にまで、結局全てを周り、道中のリサイクルショップに寄っては物色する。多くの買い出しの後、J太郎と再合流。ハイエースいっぱいに積み込んだ美術をロケ地に運び込み、なおキンブルへ向かう。結局、キンブルの大府店とみよし店を、計4往復した後、最後に弥富店という離れた店舗を周り終了する。この日の走行距離500km。この日は愛知だけの移動にもかかわらずである。7:30に宿坊を出て、昼食を挟み、ノンストップで22:00まで作業を進める。

私は最初の3日間だけというアキさんの言葉を信じてはいたが、作業のスピードを考えると、どう見通してもクランクインに間に合わない。買い出しだけで1日が終わり、掃除や装飾に割く時間がなかった。この時点でクランクイン残り5日を切っていた。

案の定、車内でその話になる。

アキさん「ドウ、この後特に予定とかないよな?」

私「一応、ロケハンとか、そういうのが細々とは」

アキさん「それどうにかなるよな?クランクインまで頼むわ」

と結局押しきられる。私が断れば、最悪インに間に合わない。自分の作品の心配はしたが、今関わっている映画を蔑ろにするのは良くないと、渋々承諾する。

ただ、目下心配事項は私の前作『濡れたカナリヤたち』の映画祭へのエントリーだった。3月中が期限だったので、どこかで大阪に戻らなくてはならなかった。それからいくら何でも三人での作業は不可能だった点。アキさんに尋ねる。

私「お弟子さんが来れないなら、うちのスタッフ呼びましょうか」

アキさん「それ、頼むわ。手が回らんわ」

私「何日くらいかかります?」

アキさん「3日くらいかな」

頼みの綱のツイマ君は松竹の大作で特機部として参加しており、不可能。スナフキン東映の入社準備で忙しかった。サイコは実家に帰省中で鹿児島にいる。片っ端から連絡した結果、大部分はバイトの兼ね合いがつかなかったものの、何とかハチ子とナカ(共に仮名)の二人が見つかる。

私「二人でいけますかね」

アキさん「もう一人欲しいな。女の子がええ。掃除も丁寧やし、何より元気が出る」

女といえばハチ子がいたのだが、アキさんにとっては女ではなかったようだ。ハチ子、ドンマイ。こうして女の子探しが始まる。もはや、接待のように感じるが、オープンキャンパスで連絡先をもらっていた女子高生、恋ちゃんが空いていた。全くの映画未経験にして、商業現場参加という状況だったが、アキさんはJKブランドに嬉しそうだった。

次回予告、世界の山ちゃん再び

2日目はこれで終わらなかった。ここまで15時間に及ぶノンストップの労働の後、「今日も飲みに行こう」と世界の山ちゃんに繰り出すのだ。我々は今日はやめときましょうと話すも、ナビに入れられては向かわざるを得ない。

そして半ば強引に連れられた居酒屋で、2時間に及ぶJ太郎への説教が始まる。

次回はここから始める。

ちなみに描写を省いたが、作業の合間合間、J太郎は相変わらず殴られている。もはや常態化しすぎて記憶が薄れているが、確実に1日20発は殴られていることを書き留め、今回は終える。